「見てください、この見事なサシの入った血液!」きりふりこうげんふえーりとでも呼んでくださいませ~、MOW! MOW!
健康診断。
職場の近くにある内科のクリニックでおじさん先生が半年に一度やってくれる。
一年に一度じゃないのは、僕が夜勤をやるからなんだそう。
僕は朝、ゆーつな気分でクリニックに向かった。
最近、健康診断のときはおじさん先生に怒られてばっかりなのである。
僕が診察室に入ると、大抵、以下のような会話が生じる。
***
ふえーり「こんにちは・・・」
おじさん「はいこんにちは、で、痩せた? どう?」
ふえーり「い、いやぁ・・・」
おじさん「『いやぁ』じゃないでしょ、『いやぁ』でごまかせるレベルじゃないよ、その腹は」
ふえーり「すみません」
おじさん「うわべだけ謝っててもなんにもならないよ。運動、食事制限」
ふえーり「はい」
おじさん「(診断表を見せながら)ほら、毎回僕ここに書いてるでしょ、ほら、見て」
ふえーり「はい・・・」
おじさん「運動、食事制限。ほら、書いてある! 今回も書くよ!」
ふえーり「でも運動きらいなので」
おじさん「やったことないものを最初からきらいだなんて言うのはろくでもないよ」
ふえーり「あと、ごはん食べるのが唯一の楽しみなので」
おじさん「食事制限したってごはんは楽しいよ。いい? ちゃんと言うこと聞いて」
ふえーり「は、はいぃ」
***
という具合に、某国立病院の救急センターの医長だったというおじさん先生には、
まったく歯が立たないふえーりなので、
今回もそういう感じなのかなあ、と思っていた。
しかし、青い顔をしながら診察室に入ると、先生は女の人になっていた。
いつの間に女体化したんだろ、という脳内に立ちこめる妄想の霧を振り払い、
どうして若めの女の人が白衣を着て座ってるんだろう、と考えた。
ここはおじさん先生個人のクリニックで、診察室もひとつしかないのだ。
毎回、いつ来てもおじさん先生しかいなかったのに。
僕がぽかーんとした顔をしているからか、女の人が説明してくれた。
「毎週火曜の午前はいつもの先生はお休みで、私が代わりに来ています」
あ、そうなのですか~。
その瞬間に僕の頭の右上くらいにまじあか的電球マークが、
てぃこーん!
って感じで点灯した。せや、これや!
***
いちがや「まあ何を思いついたのかはわかるんですけど」
ふえーり「はい」
いちがや「ほんと、『ろくでもない』ですね」
ふえーり「いやいや、そうではなく! 女の先生かわいかったので」
いちがや「どっちにしろろくでもないじゃないですか」
ふえーり「そうですね」
いちがや「いいから痩せてくださいよ」
ふえーり「やだ♡」
いちがや「おい」
ふえーり「牛めしおいしい」
いちがや「こいつ」
***
というわけで、女の先生に血圧を測ってもらい、
シャツの中にもぞもぞと手をつっこまれて胸の音を聴いてもらい、
なにか最近気になる症状はありませんか、と聞かれたりした。
ふえーり「なにか気になる症状、ですか・・・」
女の先生「・・・、なにか思い当たりますか?」
ふえーり「いえ、花粉症であること以外は健康だと思います!」
女の先生「(これまでの診断結果を眺めながら)ははっ、それはいいことですね」
この人、今、明確に鼻で笑ったぞ。わざと鼻で笑ったぞ。
まあでも、若い女の人に鼻で笑われる、というのは悪い気はしない(え?)。
その後は心電図をとった。
足首に電極をつけるので、スタッフの人(また若い女の人)が靴下をめくってくれる。
すると現れるタイツ。
こんな若い奴がこんなあったかい日になにタイツ履いてんだよ・・・
という顔をされるが、
「夜勤明けなので~、昨日寒かったのですよ~」
と言うと、
「えっ? 夜勤明けで健康診断来てるんですか!?」
と驚かれる。その驚かれぶりに僕も驚く。
その後は採血。
スタッフ「夜勤終わった後って、なにしてらっしゃるんですか」
ふえーり「シャワー浴びて、ねます」
スタッフ「はいっ、チクっとしますよー、まあそうですよね、ねますよね」
ふえーり「ねないと、無駄なものを買ってしまうので」
スタッフ「はあ・・・?」
ふえーり「この前、よく考えないでアマゾンでお城の本買ってました」
スタッフ「ぼーっとしちゃうんですかね?」
ふえーり「ついでにアマゾンプライムになんとなく入っちゃってました」
スタッフ「でもあれは便利ですよね」
ふえーり「便利ですね~」
スタッフ「帰ったらよく寝てください、お疲れさまです」
ふえーり「ありがとうございます~」
***
最後は尿をとっておわり。
健康診断を無事に終えて、家路に着く。
でも、なにかが足りない。
やっぱりおじさんの口撃がないと、健康診断を受けた、って感じがしない。
あの口撃を受けると、それだけで健康になったような気分になれたのに。
でも。
クリニックを出てすぐ「火曜日の午前」と手帳にメモを取ったのは言うまでもない。